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砂糖・塩の沖縄県からの輸出最高! 塩も輸出する時代なのだろう

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概要

 「砂糖・塩の沖縄県からの輸出最高 12年、台湾・香港向け増加」(日本経済新聞、2013/4/19)という記事があった。沖縄では、統計が残る1979年以降で最高の記録らしい。原因としては、香港や台湾の健康ブームによる黒糖や海の需要増加、沖縄県の知名度のアップによるものらしい。

 思えば、日本の事業は、石油・ガスなどと同様に、資源的な要素を含みつつ、いかに国内生産を増産していくかという歴史であった。
 言い方を変えると、塩を海外に売るという発想が全くなかった歴史ともいえる。


歴史

 明治になり、低価で品質の良い海外の塩に対して、国内で塩をいかに増産・供給していくかが重要となる。そこでスタートしたのが、塩の専売制であった。そしてその後、技術などを導入して、いかに塩事業を近代化し、増産を図っていくかという形で、施策は進んでいく。

 例えば、戦前・戦後に4度にわたり、「塩業整備」として新技術の導入などを図り、国内塩の生産量は飛躍的に伸びていった。しかし同時に、古い技術を用い製造を行っているような塩田・事業の廃止が行われてきた。特に、1971年の「塩業近代化措置法」では、イオン膜技術を用いた化学塩への転換が図られた。しかし、これに反対した塩事業者が、輸入塩ににがりなどを混ぜたりして認可を受け、塩事業を継続されるということも行われた。この結果、生まれたのが「伯方の塩」「赤穂の天塩」「海の精」などの塩である。

 1990年代になると規制緩和の流れの中、1997年に塩専売法が廃止され、塩事業法が制定、塩事業について規制緩和が行われた。そして、昔ながらの製法でつくられた自然塩などが復活。ブームもあり、様々なところで、自然塩が作られ始めた。塩もブランドになる時代がやってきた。

 ただ、横やりが入る。2004年に公正取引委員会から「自然塩」「天然塩」といった名称について、景品表示法の優良誤認の可能性があるとして警告を受ける(2003年にも東京都から指導を受けている)。そして現在、業界の自主ルール(公正競争規約)として、「自然塩」や「天然塩」の名称は使わないことになっている。


評価

 このように見ていくと、日本の塩政策は、2つの面で失敗をしてきたのだろう。

 1つは、塩を輸出品として、海外に売るという発想がなかったという点である。
 特に、1971年の第4次塩業整備により、導入されたイオン膜を用いた塩では、商品の差別化が図れない。様々なミネラルを含んだりしているような、天然・自然製法の塩だからこそ、「味」が出る。水に例えると、水道水を売ることは難しい。どこかの天然水なり、自然水だからこそ、付加価値がつき、商品になる。

 もう1つは、東京都や公正取引委員会などの警告・指導である。(何となく裏がありそうな話だが、それは置いておいて)ここにも塩を売るという発想がない点である。公正取引委員会などはチェック機関であるため、仕方がないとして、それ以外の産業関連の省庁は、「自然塩」「天然塩」などの表示を認める制度を作るべきである。製法などをチェックするような認証機関・認証制度を創設すれば、難しいことはない。逆に、「自然水」や「天然水」、「無農薬野菜」「有機野菜」などが可能で、「天然塩」「自然塩」が表示できないのはおかしな話である。

 このような背景・動向の中でも、沖縄県では塩が多く輸出されている。更に輸出を促進するためにも、「塩を外国に売る」という発想のもと、制度整備などを行っていってほしいと思う。


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