「民活」という名の官製ワーキングプア

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概要

 最近、「官製ワーキングプア」という言葉を聞くようになった。
 通常の職員と同様の働きをしているのに、非常勤の職員で安い賃金で働かせられていたり、臨時講師の教職員で給料が低いということで、問題視されている。

 これはこれで問題はあるのだろうが、実は「民活」という名の官製ワーキングプアというものもある。


民活の真実

 「民活」と言えば、民間企業などの知恵や創意工夫により、これまで行政が行っていたものを改善しようとするものである。
 勿論、この綺麗な定義のように、新たな公共サービスが提供できる場合もある。例えば、TUTAYAが運営する武雄図書館などがこの例かもしれない。しかし、多くの場合、行政として求めるものとしては、民活によりコストが下がることである。民間の知恵を使って、従来のサービス水準を下げることなく、財政支出が抑えられるという効果を求めている。
 特に、「民活」を行うことによる効果を示す場合には、数字で行うのが分かりやすく、使われやすいのが、「民活により○○円、財政支出が抑えられた」というものである。

 このとき実際のところは、民間だからと言って、どんどん新たな知恵が出て、コストが下げれるわけではない。特に規制などが絡んでくるような分野では、行政が実施しようが、民間が実施しようが、規制を守らなければならないので、大きな違いが出るわけではない。
 この結果、一番大きな違いが出るのは、人件費である。

 また通常は、予算には上限があるため、民活による違いを示すため、これまで行政などが行っていたこと以上を行う必要が生じたりする。そうなると当然ながら、受託業者の業務は増えるが、予算は一定であるため、忙しいが給料は低いといった事態が生じる。言い換えると、時給単位の人件費は低下することになる。

 更に、複数年に継続しているような事業では、通常、初年度に最も多い予算がつき、その後は削減されていく。そうなると、いくら良い結果を出しても、通常、その事業を受注し続けるには、サービス水準を下げずに、受注金額は低下するということになる。

 このように、「民活」といえば綺麗な言葉だが、実際のところは、現状より安いところに外注しているだけのことである。


民活動の推進の虚

 同様のことが、市民活動の推進という言葉である。
 勿論、純粋に市民がより元気に地域で社会活動を行うことを推進しているという意味もある。

 しかし同時にあるのは、従来、事業者や行政などが行っていた業務を、NPOやボランティアなどが行うことで、財政コストを抑えたいという思惑がある。端的に言えば、これまで事業者や行政が行っていた業務を、無料・廉価でこのような団体に行わせたいということである。

 NPO・ボランティアだから、無料・安価でいいというのは、一つの考えだろうし、そのような考えで運営している団体もある。ただ、NPO・ボランティアだからといって、無料・安価で行わなければならない道理はない。確かに、大儲けするというのは問題かもしれないが、ある程度の対価があってもいいと思う。むしろ、現状の多くのNPO・ボランティアを考えれば、そのほとんどが運営費がなく、困っている状態である。

 市民活動を行うにも、お金がかかるし、お金がなければ継続ができなかったり、ただただ疲れてしまう。

 しかし現状結局は、社会・公共のためにという美名のもと、NPO・ボランティアで働いているのは、ワーキングプアということも多い。


最後に

 私は、「民活」ということ自体を否定するつもりはない。行政のみならず、いろいろな組織・人が知恵を出し合って、より地域づくりを行うことは重要だ。

 しかし、民活という言葉に過剰に期待し、踊らされてはいけないと思う。
 そうでなければ結局は、単に人件費が抑えられ、安い給料で働くような従業員が生まれたり、「官製ワーキングプア」が増えるだけである。

 公共事業などは大規模な財政支出もあり、賃金は上昇しているが、行政サービスはそれだけではない。
 ワーキングプアとまでは行かないまでも、指定管理者PFI・民活などといった言葉の裏には、安い給料で働く従業員・労働者がいるのである。

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